第10話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


photo10 もしもし? ひさしぶりだな。俺だよ。元気? え、誰だだと? おまえ、しばらく会ってないからってそりゃねえだろ。俺だよ俺! そう、俺。元気? 俺は元気だよ。おまえは? あいかわらず? おまえなあ、俺がこんなにあいかわらずじゃないってのに、どうしてそんなにいつもあいかわらずなんだよ。
 何か事件でもなかったのか? あった? なんだよ、
教えてくれよ。え? すえみとやすおが別れた? あの
なあ、俺が今夜どこで寝ようかって考えてる時に、それ
のどこが事件なんだよ。もっと他にないのかよ。あいか
わらず? なるほどなあ。その街は、結局死ぬまであい
かわらずってわけだ。
 え? こっちの暮らしはどうかって?
 ……うん……話すこともいっぱいあるんだけど、あん
まり小銭もないし、話せば長くなるし、あんまり話した
くもないし。今度にするよ。もしいつかまた一緒に飲む
機会でもあったら、その時話すよ。
 俺達、やんなきゃいけないことが山ほどあるような気
がするんだけど、こうやって電話なんかしてて、たまに
ずいぶんやったなって思って周りを見ても、世の中ちっ
とも変わってない。
 でもさ。俺もおまえもやっぱり男で、優しくても意気
地なしでも、いつだってどうしようもなく男なんだよな。
 え? 情けない声出すなって? 冗談じゃないぜまったく。こんなことでめげたりしねえよ。
 元気でな。じゃあ――

 長距離電話の受話器を置いて、俺は電話ボックスのドアを開けた。刺すような太陽の光
が、俺の体に容赦なく降りかかる。ユラユラと揺れるビルが覆いかぶさってきそうな、暑い午後。


 M-1
 Just Another Night
 Mick Jagger


 だらだらと長い石畳の坂道をのぼりつめた所にあった小さなバーの扉を、俺は押し開け
た。ここなら朝まで飲んで居座っても、誰も文句は言わないだろう。
 夜の9時を回った店の中は、かなりごった返している。女の肩を抱いてさかんに口説いている男。真っ赤な顔をして男の噂話をしている3人の女。ジュークボックスにひじをついたままうたた寝している男。コンパクトをのぞき、ルージュを塗りながら自分をにらみつけている女。背中を丸め、グラスを抱えたまま目をつぶって動かない男。
 俺はひとつだけ空いていたカウンターのスツールに腰を落とした。口元で笑い、目で笑っていないバーテンダーが近寄ってきた。
「ズヴロッカ」
「ストレートで?」
「そう」
「早く酔っぱらっちまった方が勝ちだぜ」
「そうするよ」
 バーテンダーは小さなグラスを俺の前に置いた。1杯目を一気に飲み干し、2杯目を頼んだ。
 俺はジュークボックスがレコードを8枚交換するのを眺めていたが、そのうち眠りこんでしまった。
 夢の中に黒い影のジョーカーが現れ、俺に手招きした。何か言っているようだが、よく聞き取れない。近づこうとしても、足が動かない。体がどんどん沈んでいく。奈落の底に叩きつけられる寸前、目が覚めた。
 店の中を見渡すと、客は1人もおらず、さっきのバーテンダーが口笛を吹きながらカウンターの中でグラスを磨いている。
「もう閉店なのかい?」
 バーテンダーはふり向きもせずに答えた。
「いいや。あんたがいたい時までいていいぜ。なぜなら、ここはあんたの墓場なんだから」


 M-2
 Set Them Free
 Sting


 バーテンダーはグラスを置くと、ジュークボックスのボタンを押して古くさいリズム&ブルースをかけた。それからカウンターの中に戻り、俺のグラスに新しい酒を注いだ。
「あんた、ジョーカーを探してるんだろう?」
「なぜ知ってる?」
「そのくらい分かるさ。ここには、あんたみたいなやつがたくさんいる。ジョーカーを探して探して、とうとう見つけきれず、あの長いだらだら坂を登ってくるんだ。そしてこの店のドアを開けてカウンターにへばりつき、とうとう動けなくなっちまうってわけさ。さっきこの店にいた連中も、みんなかつてはジョーカーを探していた。だけどいつの間にかそんなことも忘れちまって、それでも心のどこかに残るしこりを忘れようと、酒を飲むのさ。だか
ら、この店はあんた達の墓場だ。ようこそ。歓迎するぜ」
「……俺は、あいつに会わなきゃいけないんだ」
「あいつに会ってどうするんだ? 何を話すつもりだ? あいつに、どんな男として、何をしでかした男として会うつもりなんだ? あいつはおまえさんみたいな、ただの男には会わないと思うぜ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ」
「おまえさん、自分が何者なのか考えてみたことがあるかい? でもなけりゃ、自分に何ができるのか考えたことは? あいつに会いたいんだったら、まずはそいつをやり遂げてからだな。そう、それに、もうひとつ手がある。おまえさんがジョーカーになっちまえばいいんだよ」
「……あんた、何者なんだ?」
「俺かい? 俺はただの墓守さ」


 M-3
 微熱夜
 小山卓治

 虫けらどもが集まってきた
 信号のサーチライトに
 命さえも冗談めかしに
 悪人ヅラを俺はぶら下げ
 空っぽのポケットを叩き
 微熱気味の夜へ飛び込む

 Let me down やれるものなら
 Let me down やってみりゃいいさ
 今夜こそ主役を狙う
 人間ども集まれ

 落ちて行きながら俺は信じてる
 もう目が覚める 覚めるはずだ
 誰かこのダンスを止めてくれ


 俺は店を飛びだしていた。長い坂道を下っていく。
 俺にできることってなんだろう。ジョーカーになっちまうって、どういうことなんだろ
う。分からない。
 ただ、ひとつだけ分かってることがある。たち止まるわけにはいかないってことだ。自分で決めたことじゃないか。それでここまで来たんじゃないか。たち止まったら終わりだ。忘れちまったらおしまいだ。
 俺はやみくもに歩き続けた。
 遠い空から俺を見おろしている、ミスター・ジョーカーを探して。


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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