矢を、射る

#3 理想の大人を目指して

 アーチェリーが一躍注目されたことがあった。2004年のアテネオリンピック、41歳で銀メダルを獲得した山本博さんの活躍。彼は当時、“中年の星”と呼ばれていた。
 当時、僕もテレビで試合を見ていた。ルールもよく知らなかったが、メンタルな部分が大きいスポーツであることは分かった。そこは弓道とよく似ている。

 アーチェリーを洋弓、弓道を和弓と言って区別することがある。
 アーチェリーはストリング(弦)を顔の前まで引いて、照準装置などで的を狙い、正確に当て続けて点数を競うスポーツ。
 弓道は顔の後ろまで弦を引く。あくまでも武道であり、当たり外れの競技ではなく、心・技・体を成長させるもの。
 こう書くと弓道の方が高尚みたいだが、試合ともなれば一喜一憂がある。ただ、顔に出してはいけない。
 団体戦では、当たった本数で勝負が決まる。個人戦になると、的の真ん中に当てた方が勝者だ。僕が個人戦で3位になった時も、ほぼ的の中央に当てることができた。
 そういえば、その試合の帰り道、先輩が「よくやった」と、ラーメンをおごってくれた。弓道を始めると決めてから、すっかり忘れていた記憶が、少しずつよみがえってくるようだ。

 さて!
 弓道場から戻り、書いてもらった申し込み方法を読む。住所と名前と電話番号が書いてあり、そこへ往復ハガキで申し込むとのこと。
 往復ハガキって……。今時、メールでの申し込みくらいできても……。いや、やっぱり弓道とインターネットって、似合わないな。
 郵便局へ行き、「往復ハガキください」。ちょっと恥ずかしい。買ったのは何10年ぶりだろう。

 数日後、往復ハガキの半分が帰ってきた。
「受講生として受け付けました」
 日程と時間などが記されてある。週に1回で全5回、1回が4時間。けっこう長い。まあ確かに、まったくの素人が矢を射るようになれるまでには、時間がかかるだろう。僕も最初に矢を射る時は、けっこう恐かった記憶がある。
 この段階で、ツアーのスケジュールに当たっていて、1回はお休みしなきゃいけない。

 そして、服装について。
「上はトレーニングウェア、Tシャツなど、胸に突起物(ボタンなど)がないもの。下はスラックス。道場内は素足は禁止なので、滑りにくい木綿のソックス、または足袋」
 弓を引くと、弦が体に触れるから、ボタンなどが引っかかって危ない。
 さらに、
「横15センチ、縦10センチの白い名札に名前を書き、腰にまく紐をつけたものを作ってきてください」
 100円ショップに行って、名札と紐を購入。名前を書く。筆文字風に、とめ、はねなどをはっきり、ぶっとい文字で“小山”と書いて、待てよ、こんなに大きく書くことはなかったかな。
 改めて、自分の絵ヅラを想像してみる。上はTシャツかな。スラックスなんか持ってない。ジーパンでいいのかな。そして腰に“小山”の名札。うーん、なんか、かっこ悪いぞ。形から入るロッカーとして、どうなんだろう。

 費用は1700円。スポーツセンターに通うことを考えれば、破格の安さといっていい。内訳は、スポーツ保険料と下がけ代。
 弓を引く時、右手に、かけ(ゆがけ とも言う)をはめる、鹿革製の手袋のようなもので、親指のつけねに弦を引っかけるところがついている。下がけは、かけの下につける布。

 弓や矢、かけは、道場にある備品を貸してくれる。自分に合うものを探すのは大変だ。
 と、ふと思いついた。高校を卒業した時、実家に弓と矢を起きっぱなしにしてなかったっけ。さっそく連絡してみると、まだあるとの返事。送ってもらうことにした。
 後日、2メートルの荷物が届いた。梱包材をはがし、しばし見とれた。懐かしいなあ。
 僕が高校生の当時から、グラスファイバー製の、黒の弓や矢が販売されていたが、僕は竹製の弓と矢を使っていた。だって、断然そっちの方が雰囲気が出る。昔も形から入っていた。
 ただ、竹製の弓は、気温や湿度によって微調整が必要になるから、扱いが難しい。
 弓を反らせて弦を張る。そうそう、こんな感じ。と思った途端、でっかく乾いた音が響いた。

 バキイッッ!

 ……割れた。
 30年以上ほったらかしていたんだから、しょうがないか。
 矢は何とか無事だ。3年間使っていたやつ。最初の頃はヘタだから、矢が地面をすってしまい、羽根がすり切れている。ちゃんとした羽根の方がまっすぐ飛ぶんだが、形が決まって引けるようになれば、少々羽根がすり切れていてもだいじょうぶだ。
 矢の長さは、人によって変わる。筈(はず 羽根のついている方の先)を喉に当て、横に伸ばした腕に沿わせ、矢尻(矢の先端)が指の先から10センチほど出る程度の長さが望ましい。

 ひとまず準備完了。次の週末から〈初心者教室〉が始まる。中年の星ならぬ、理想の大人、元気な大人になるべく、52歳のチャレンジがスタートだ。
 それはまた次のお話。

 


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