「プラムの月にてらされて」より抜粋
トム・ウェイツは、真夜中に明滅する赤と黄色の信号だ。
「この界隈は危ないぜ。気をつけな、気をつけな、気をつけな」
とウィンクで僕に忠告する。だが、この男に忠告されればされるほど、そこは魅力的な場所に思えてくる。信号を無視してそこへ踏みこむ。すると案の定、最初の交差点で危なくて魅惑的なドラマに出くわすという寸法だ。トムは、そんなドラマの舞台となる街の隅っこに、シェークスピアの道化よろしくちょいと顔を出しては、格言めいたジョークを飛ばす。映画『フィッシャー・キング』のホームレスしかり、『パラダイス・アレイ』のピアノ弾きしかり。
トム・ウェイツは、街中を疾走するクラシックのベントレーだ。
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