Mr.トム・ウェイツ
09.13.1998 

.城山隆 編
.東京書籍 09.13.1998 初版発行 本体1800円+税
.問い合わせ先:東京書籍 (03-5390-7508)

「プラムの月にてらされて」より抜粋

 トム・ウェイツは、真夜中に明滅する赤と黄色の信号だ。
「この界隈は危ないぜ。気をつけな、気をつけな、気をつけな」
 とウィンクで僕に忠告する。だが、この男に忠告されればされるほど、そこは魅力的な場所に思えてくる。信号を無視してそこへ踏みこむ。すると案の定、最初の交差点で危なくて魅惑的なドラマに出くわすという寸法だ。トムは、そんなドラマの舞台となる街の隅っこに、シェークスピアの道化よろしくちょいと顔を出しては、格言めいたジョークを飛ばす。映画『フィッシャー・キング』のホームレスしかり、『パラダイス・アレイ』のピアノ弾きしかり。

 トム・ウェイツは、街中を疾走するクラシックのベントレーだ。


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 大半の男が、「へえぇ」と振り返り、一部の男が、「お、まさか」と目を見はり、一緒にいる女のほとんどは、「どうかした?」と不思議そうに男の顔をのぞき込む。
 トムを知って以来、僕はありとあらゆる女にトムの歌を聴かせた。反応は様々だった。
「何これ? くらあい。こんなの聴いてないで、どっか遊びに連れてって」

 なんて女は、はなからお呼びじゃない。
 「フーン。男の人って、こうなんだ……」
 なんて、ちょっとつまらなそうに口を尖らせて、「……」のところでうつむく女は、かわいくて、ついつい交際を申し込みたくなる。
 「私、彼の歌がとても好き。ベストは“RAIN DOGS”ね」
 なんてのたまう女は、「ほんと? ねえ、ちょっと飲みに行こうよ」なんて、その夜のうちにくどきたくなる。
 だが、ここで問題が起きる。「トム・ウェイツが好き」なんて女は、実はとても危ない。つき合ったりなんかしたら、挙げ句の果 てにひどい目に会うに決まってる。
 結論。トム・ウェイツなんか全然好きじゃなくて、でもトムの歌を聴きながら“ジーン……”なんてなってる男を、放っておいてくれる女がいい。男だけにしか分からない世界があることを知っていて、それが女には決して踏みこめない領域だってことも理解していて、放っておいてくれる女がいい。


(c)1998 Takuji Oyama