Shape of Love 愛というかたち
12.24.1991 

.大栄出版 12.24.1991 初版発行 1600円

「運命のゲーム」より抜粋

 さて、2人はアルカディアを尻目にバスに飛び乗った。2度目の逃亡が開始されたってわけだ。だが読者もご存じのように、1度目が美しい悲劇でも、2度目ともなればそれはただの喜劇でしかない。
―運転手さん。このバスの終点は?
―明日の朝、工場で屑鉄になるのさ
―何かニュースは?
―肉屋のおやじが、品切れを苦に蒸発したよ
―そんな話ばかり?
―そうさ
 2人は同じことを繰り返すほど馬鹿じゃない。お互いを見失うこともなかったし、大っぴらに望むこともなかった。もちろん金目のものなど何ひとつ身につけていなかった。
―どこへいくの?
―アフリカの光が俺を呼んでるんだ
―海を渡るのね
―俺はついてる男なんだ
―偶然を当てにするのね



run.cover



 男は胸の中で呟いている。
―ママ、俺だって外じゃ結構ワイルドな男なんだ
 女は胸の中でささやいている。       
―パパ、私だって外じゃ結構ナイーブな女なのよ
 男は左のポケットに勝利を、右のポケットに敗退をねじ込み、左手で缶ビールを持ったまま、右手で出航手続きをすませた。女は長旅の暇潰しを買いに本屋へいき、聖書とプレイボーイを買い込んだ。
―新しくはじめよう
―幾度も、幾度も
―新しくはじめよう
―昨日までのこと、忘れなきゃ
 2人は港の近くの粗末なホテルに部屋を取った。ホテルの名は“霧笛ホテル”。
―無敵?
―違うよ
 ブルーのベッド・カバーに皺を寄せ、2人は懲りることなく愛を確かめ合う。
―夜が全てじゃないよ
―だけど人生の半分よ
―君は駄々っ子だ
―あなたはダダイスト?
 しかし、何てこったい。夜の夜中、中国航路の貨物船は、意表を突いてドラを鳴らす。2人は第3埠頭をひた走る。そして船のケツを見送った。ため息をそれぞれみっつずつ。
―俺は男と呼ばれたい
―今は何なの?
―ただの男さ
―人に可愛がられる女になれって言われたの
―それで?
―いつか私の娘に同じことを言うわ
 ため息がひとつずつ。
―ずっとこのままでいたいわ
―残酷なことを言うなよ
 2人の横顔を、灯台の光が5秒おきに照らす。

―ご機嫌よう
 不精髭をたくわえ、影を持たない男が現われた。
―誰だあんた?
―運命さ
―ハモニカを持ってるかい?
―ほら
 運命は内ポケットから銀のハモニカを取り出し、“聖者が街へやってくる”をワン・フレーズ吹いてから、2人を見比べて言った。
―この場所は運命のクロス・ロード。あんた達にふたつの運命を選ばせてあげよう
―どんな?
―成功と失敗さ
―他には?
―それしか持ち合わせがない
―どうやって選ぶんだ?
 運命は男に尋ねる。
―あんた、人を傷つけたことは?
―傷つけたことが1回。傷つけられたことが1回
 運命は女にも尋ねる。
―あんた、人を傷つけたことは?
―傷つけたことが1回。傷つけられたことが3回
 運命は肩をすくめる。
―女は贅沢だ。だが合格としよう
 真夜中の埠頭の先っぽ、北北東の微風、気温摂氏17度。運命は男に言う。
―あんた、指を鳴らせるか?
―鳴らせるよ
 パチン。
―それが選択のゲームだ
―これが?
―あんたが指を10回続けて鳴らせたら、最高の運命をプレゼントしよう。しかしもし1度でもしくじったら
 不安にかられて女が聞く。
―しくじったら? 
 運命はひと息ついて、男の顔を見抜く。
―あんたの声をもらう
―なぜ?
―2度と愛などささやけないように
―俺を試そうってのか?
―あんたの自由さ
―おもしれえ
―くだらないわ!
―俺はついてる男なんだ
―今度は運命を当てにするの?
―俺達の運命が半分になったとしても、その半分は俺のものだ
―私の分を捨てるのね
 男は運命を見据えて言う。
―ひとつだけ条件がある
―何だ?
―もし失敗した時、俺の声をひと言だけ残しておいて欲しい
―何のために?
―最後に愛をささやけるように
 運命は薄く笑う。
―いいだろう
―それじゃいくぜ


(c)1991 Takuji Oyama