微熱夜'87
06.20.1987 

.白夜書房 06.20.1987 初版刊行

本文より抜粋

3月27日
 昨日、いや一昨日になるのか。下北沢で照明の葛西ちゃんと打ち合わせがてらに飲んだ。
 6時に駅の改札口で落ち合い、キムチの入ったラーメンをひいひい言いながら食べ、喫茶店でひとまずコーヒー
を。葛西ちゃんとのつき合いはデビュー以来だ。新宿ルイードのコンベンションが初めての仕事で、下北沢の本多劇場でやった時の『Aの調書』の照明が凄く印象的で、長いつき合いになりそうだと思った。それ以来お互いに、煮詰まったりアイディアを出し合ったりしながら続けて来た。
 沢山のコンサートで色々な照明を観てきた。だけど、情景を浮かび上がらせようとする葛西ちやんの照明がとても好きだ。
 ずっと下北沢に住み続けている葛西ちゃんと、この街の話をした。文化の最先端になることもなく、芝居のイメージややたらと古い物が溢れている下北沢。年に何度かしか飲みに来ないが、この街はもしかしたら俺が一番好きな街なのかもしれない。



yellow.cover

 事務所の下戸と待ち合わせた後「レイズ・ヴギ」という店に行って、4月11日の大阪厚生年金ホールの曲順のチェックや照明のプランの打ち合わせをした。東京の渋谷公会堂に比べると、舞台を作ったり沢山のピンを使ったりできない分、照明の意味が大きくなってく
る。
 この曲のイントロの立ち位置は? バック・サスの角度は? エンディングの照明は?
 そうこうしているうちに酔いも回ってきた。酒もなくなっちまったし、次に行くか。冷たい風の吹く中、ジャケットの衿を立てながら「ベルリン」という店に入り、ソ連産のウォッカを飲み始めた。
 男2人に女4人の団体がどかどかと入ってきた。ふと見ると、どこかで見たような……あれ、テツさんじゃない? おー、卓治じゃねえか、ってなことでいきなり盛り上がってしまい、後のことはどうもよく憶えていない。

 ボトルがゴロゴロしてたこと、途中店を抜けだして隣のカラオケの店で女の子が歌っているのを聴いていたこと、左手にどうも女の柔肌の感触が残っていて、ほっぺたがヒリヒリすること、明け方店を出て酒屋でズヴロッカを買ったことなどをぼんやり憶えているが、気がつくともう夜はとっくに明けていて、テツさんのマンションで酔いつぶれていた。
 別れを告げて、ピリピリ冷たい朝の空気の中タクシーに乗り込む。
 明けて今日、二日酔いで頭がガンガンする。頭痛薬とビタミンを飲んで夜の8時、渋谷東武ホテルの1階の喫茶店で利童剛と会う。PFF(ぴあフィルムフェスティバル)で話題をさらった8ミリ映画「いそげブライアン」(小松降志監督)を観に行く約束をしていた。小雨まじりの渋谷は、平日だというのに相変わらず人が多い。


(c)1987 Takuji Oyama